1983年

2014/11/02

手塚治虫「アドルフに告ぐ」

日本人でアドルフという名前を聞けば十中八九、第三帝国の総統を想像しますよね。この作品もその男についての物語ではあるのですが、同時に第二次大戦開戦前から1970年代ぐらいにかけての歴史を辿る、三人のアドルフについての物語でもあります。

一人は日独のハーフとして生まれ、もう一人は神戸に居を構えるユダヤ人家族の少年として登場します。少年時代、二人のアドルフはドイツ人とユダヤ人という垣根を超えた友情を育んでいましたが、時代が二人をそのままにはしておかなかった。

一方で、世界の敵となりつつあったチョビ髭の男には出生の秘密があった。実は彼自身がユダヤの血を引いているという、誰にも知られてはいけない秘密が…そういう設定を縦糸にドラマが進みます。

現在の日本に今も直接影を落とす第二次大戦を背景に、まさに骨太で大河の物語で一気に読めました。作者自身もいっているとおり終盤は若干駆け足になってはいますが、読了した時はため息が出る思いでした。

どんな時代でも、思想と人格は社会状況によって後天的に形成されるし、人の人格を意図的に歪める技術も実際に存在するんだろうなと。客観的な教育が非常に難しいからこそ、人と人は憎んだり愛したりを容易には止められないという認識はあるべきですよね。

ハーフのアドルフの行き着くところ、そして「アドルフに告ぐ」というタイトルが回収されるところ…すべての闘争の終局にあるのは結局私闘であるというやり切れなさが悲しい傑作でした。

teamlink_oka at 13:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2014/11/01

手塚治虫「ブッダ」

元々は火の鳥・東洋編として企画されていたという「ブッダ」。最近になってアニメ映画化もされているということですがそちらは未見です。漫画を読んだ感想は、とにかく人がコロコロ死ぬという感じの漫画だと思いました。

導入がブッダが生まれる結構前からになり、タイトルから想像して手にとった際はとっつきにくかったりするのかもしれませんが、是非腰を据えて読んでいけばその違和感も氷解していくはずです。

僕らが想像する仏教と言うのものは、既に出来上がったイメージと日本的な美的感覚に彩られているものではありますが、では何故そういう思想が神話でなく生きている人間から生まれたのか、生まれなければならなかったのかというその原風景を描こうとした試みだと思います。

勿論これは手塚治虫の想像と創作であり、実際に出てくる仏陀や仏弟子たちも敢えて史実と全く違う姿で描かれているものが多いわけですが、それでも人が生まれ簡単に死ぬ世界の切迫した説得力は、世界宗教になっていく力の根源を示している気もします。

ある意味で無謀な挑戦ではあったのだと思いますが、それでもこれを残したことで、今も僕らを現実の問題として取り巻く仏教思想と二千数百年前の印度という想像を絶する世界との想像力を結びつける機会になっていると思うのです。

作中で予知能力を持つアッサジのエピソードが通底して作品を支配しており、その予知がブッダやその他の登場人物に苦悩を与えまた導く過程に、素人考えながらとても「仏教ぽさ」を感じたのでした。

teamlink_oka at 23:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0)