書籍

2014/12/22

高田博行「ヒトラー演説」




ナチス・ドイツといえば鉤十字と共に思い浮かぶのがヒトラーのあの身振りを交えた熱狂的な演説だと思うのですが、この本はその真実と虚実を、ヒトラーの語った言葉を根拠としてナチ結党から第二次大戦の終わりまで説明するというものです。

この本の最大の特徴は、著者が言語学者ということもあり、ヒトラーの演説をすべてデータ化し、その単語の使われ方を時期と回数で比較したものを元に話を組み立てているというもので、ナチが政権を取るまでと、取ったあとの政権運営段階での変化などに注目しています。

注目すべきは初期から政権を取るまでは、お金を払ってでもヒトラー自身の演説術を聞きたいと思わせるほどのものであったのが、政権を取ったあとラジオや映像を使って国民管理に使おうとした段階から破綻が始まっているということ。

つまり僕らが映像として見れる段階のものはすでに、魔力的な力を失っていたということで、本の中にも、戦争が終わって半世紀以上経つのにヒトラーの記録映像の魔力に囚われているのは実は僕らではないかというような指摘があります。

ネットでは言説があふれる、いわば言葉の飽食の時代によく見直されている、人同士の対面のやり取りこそが、実は国家主義の震源地になりうるということ。

そして、同じ言葉を何度も巧みに使って感情を高揚させるやり方は、発信者が受信者を対等として扱わず、容易に御せるものとして見ているのだ(そしてそれはやがて破綻する)という、その時系列的な検証としても面白い本だと思いました。

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2014/11/16

童門冬二「山田方谷~河井継之助が学んだ藩政改革の師」

4月に岡山中部にある井倉洞を訪問した時に、方谷という名前の駅に行きまして、そこからいろいろ読んでいる時にあたった本の一つですね。幕末の備中松山藩の切り盛りした家老・山田方谷のことを、ビジネスマン向けに紹介した本といいましょうか。

幕末好きならば板倉勝清といえば、幕府方の重要人物の1人としてよくご存知だと思いますが、方谷はこの主が江戸で国内外の難局に当たる間、備中松山藩(今の備中高梁あたり)の経営をこなし、長らく財政難だった藩を立て直した人物として未だに語り継がれています。

そもそもが武士の出身ではなくて、農家の出にも関わらずその才覚で召し上げられ、筆頭家老にまでなった人物です。地元の人が偉業をたたえて方谷駅と名づけた際も、国鉄(JR)で人名が付いたのは異例中の異例だったようで。

ただ、その改革の志も幕府があってこそという方針だったみたいで、幕臣として従来の筋を通そうとする主人を立てることのみに尽くした、まさに家臣の鑑みたいな人だったとあります。

彼が修めた陽明学は、帝王学のための学問として、教える人に、それ以上に自分に厳しくなければ容易に筋を曲げてしまう危険が伴うものだと評されています。あくまで分をわきまえた、彼のような人生を送れなければ参考にしてはいけないのかも。維新後の閑谷学校の再興も彼の仕事です。

地元の偉人というのは過大評価だったり過小評価だったり極端な扱いをされがちですが、山田方谷という名前はもう少しメジャーになっても良いのではないかと思わせられる一冊でした。

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2014/10/26

原田実「江戸しぐさの正体 教育をむしばむ偽りの伝統 」

江戸しぐさというものが、老人が現在を嘆いて考えだしたトンデモだというのは、ネットではだいたい常識になりつつありますが、実際に普及させてたいと考えているのはネットを忌み嫌う層でしょうから、出版物によってようやくカウンターが始まったということになります。

今では道徳の教科書にまで載っているという江戸しぐさが、実は欧米マナーなど創始者の個人的な体験をユートピア的な江戸に当てはめて嘯いていただけという代物という。

かの偽書「東日流外三郡誌」批判にも加わっていた著者は、公共広告にも使われた江戸しぐさの具体例を一つ一つ検証し、その上で創始者と現在の代表者の経歴を明かした上で、これでもかという程に批判してます。「この部分は良い」という観点は皆無です。

怪しげなセミナーで使われるぐらいならまだしも、公教育に堂々と偽史が事実として紹介されるのですから頭が痛い。良くも悪くも江戸時代というのは日本独自の文化として位置づけられますが、その視点そのものが呼び込んだ悪です。

この本に対する「道徳のためであれば嘘も方便」という反論が、道徳教育を大きく傷つけることになります。この件では「一般的に平等な視点」というのを捨てるべきだと思いますね。

偽史を考えるのはたいがい楽しいものですし、それを仲間と共有できるのは幸せな遊びです。しかしそれはフィクションでこその良さで、現実の教育に投入すべきものではありません。歴史に関わる仕事をしている人は、億劫がらず断固たる態度を取るべきでしょう。

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2014/10/25

岡田喜秋「定本 日本の秘境」

この本は、昭和三十年代初頭に30代だった著者が、日本で失われつつあった「秘境」を求めて自分の足で旅をし、紀行文としたもので、所謂日本三景のように決まりきった観光地へのアンチテーゼでもあったようです。

挙げられているのは苗場・九州脊梁山地・乳頭山・新流川・大杉谷・羊蹄山麓・白山・八甲田・夏油・佐田岬・襟裳岬・足摺岬・野付岬・室戸岬・隠岐・津軽十二湖・御嶽山麓・南蔵王です。その多くが近年まで電気もまともになく歩いて行かなければならなかった場所でした。

文中にありますが、戦前で秘境といえば深山幽谷というイメージだったようですが(現在逆に、そのイメージに回帰してるのかもしれませんね)、著者が訪れたのは開発に取り残され、現在進行形で消えていきつつある現実の光景でした。

中にある地図も簡略で、写真も少なく、読む際には己の持つ想像力を駆使しなければなりませんが、「戦争中は軍によって語ることも許されなかった岬」「朝鮮戦争の機雷を避けて航海時間を変える航路」など、時勢を帯びた表現が頻発します。

この本が特長的なのは、説話や民俗的視点は殆ど語られず、あくまでも科学的に地学上の興味をメインとして語られるということですね。其の点で期待すると肩すかしかもしれません。

各地でダムが建設され、日本が高度成長期へ突入していくまさにその瞬間。消えていきつつも人が生き続ける集落を、批判するでもなく悲しまないでもなく、ただ淡々と素直な主観の吐露ともに旅歩き、記録されたこれら風景が、半世紀前には間違いなくこの国にあったのだと感じられる一冊でした。

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2014/10/21

小林よしのり、中森明夫、宇野常寛、濱野智史「AKB48白熱論争」



いい年した大人がAKB48について熱く語っているという、傍目からみれば結構鬱陶しい本ですが、僕のような何も知らないニワカが手がかりの一つにするには良かろうと思う訳です。四人ともそれぞれに信者もアンチも山のようにいる方々ですので、話は上手いのは間違いないし。

こういうサブカル的な読み方は、実際に劇場や総選挙に参加するオタからすれば忌避の対象なのでしょうが、まったく知らなければ知らないままなので許してくださいとしか言えないですね。

4人が特に評価しているのは能動的に民主主義ライクなAKBのシステムなのですが、外からはバカなことをやっているとしか見えなくても、内部できちんと機能しているシステムというものは実際あるもので、でもやはり必然的に宗教に収斂していくというのも面白い。

だけども、機能しているシステムの存在それ自体が敵を生むのも事実で、今年に入ってから握手会で痛ましい事件があったように、AKBがどこでも汎用的に機能するのかどうかは謎ですね。

宇野は「サリンをまかないオウム」と評してますが、金もなく寄る辺ない人にとってのそれがAKBであるかどうか…牽強付会な部分はあろうと思います。でも面白かったですよ。

ところで僕は今年WakeUp,Girls!というアニメにハマって、アイドルの周辺状況に興味を持つようになったのですが、この本にはこのWUGの直接的な元ネタが散見していてびっくりしました。ヤマカンこと山本寛監督がこういうの読んで勉強していたかと思うと笑えます。

teamlink_oka at 18:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0)